喜怒哀楽、最後はやはり「楽しむこと」が大切【楽しく生きる】

生き方

 

運営者の夢生(いぶき)です。

 

「喜怒哀楽」という言葉は

よく耳にする言葉ですね。

 

人間の感情の部分を

四字熟語として簡潔にまとめた言葉で、

「喜び」「怒り」「悲しみ」「楽しみ」

この4つを合わせたものです。

 

この「喜怒哀楽」という言葉の最後にあるのが

「楽」という言葉ですね。

 

「楽」と1文字にすると、

「楽をする」という考え方も出来ますが、

決してそうではありません。

 

なぜ、「喜怒哀楽」という言葉の最後が、

「楽」という言葉で終わっているのかを考えた時、

どんな状況であれ、

「楽しく生きる、楽しく考える」ということが、

生きていく上で大切な思考であり、

大切な感情なのだということだと

わたしは考えています。

 

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「喜怒哀楽」で一つと考えた時、「怒哀」だけの人が多い

 

「喜怒哀楽」で一つの言葉として

まとまっていると考えた時に、

「怒哀」の部分だけが、

極端に多い人がいます。

 

「怒り」や「悲しみ」の部分も、

もちろん大切ですが、

例えば、仕事で怒りっぱなしの人とか、

マイナス思考で悲しんでいる時間が多い人とか、

喜びや楽しみを考える暇もないぐらいに忙しい人など、

感情が欠落、もしくは起伏が激しい人が多い印象があります。

 

感情のバランスが崩壊してしまうと、

精神を病む可能性もあるので、

自分が普段どのような思考をして、

どのような発言をしているのか、

もう一度考えてみましょう。

 

その原因は、人それぞれの環境に左右されるものですが、

「楽しむこと」を加えることで、

解決出来ることが意外とあるものです。

 

四字熟語として最後に「楽」がある意味

 

私の考え方として、「喜怒哀楽」は一纏めというより、

「喜怒哀=楽」という式になっていると思います。

 

なぜなら「喜怒哀」が存在しなければ、

「楽しい」という感情は存在しないのではないか。

 

「どんな状況下でも楽しもう

という気持ちを持つこと」が大切なのではないか。

 

なので、喜び、怒り、悲しみ、その感情一つ一つを

しっかりと味わいつつ、

「楽しむこと」は忘れないという考え方です。

 

辛い状況や苦しい状況であっても、

自分自身が「楽しい」と思えること、

楽しむ姿勢を常に崩さないことで、

ある程度の問題事は解決できるものです。

 

しかし、本気で辛い人、苦しい人にとって、

「楽しめ」なんて言葉は無責任で、

他人事のような言葉に思えるものです。

 

しかし、その人の根底にある信念のようなものが、

「楽しもう」という考え方である場合、

どんな状況も跳ね返して生きていけるものです。

 

なので、私は「喜怒哀楽」という言葉を、

「何事も、楽しめ」という意味として捉えています。

 

楽しく考える思考を身につけるのは大変なこと

 

簡単そうにお話してきましたが、

「楽しく考える」というのは中々難しいものです。

 

極論を言えば、根本的な考え方の部分に気が付き、

自分自身で考えていくしかないものです。

 

私がいくら文字に起こし、言葉にしても、

それは後押しするぐらいの力でしかなく、

本人の意思が伴わなければ成立しません。

 

なので、そんなあなたの意思や考え方を尊重しつつ、

ほんの少し変えられるヒントを

お伝えします。

 

真面目でもいい

 

真面目というのも、人それぞれではありますが、

自分で決めたルールや、社会のルール、

人としてのルールなど、

規則的なものの考え方に従って、

生きてきた人にとっては、

変化というのはなかなか受け入れがたいものです。

 

一度、構築されたものを壊すのは

簡単ではありません。

 

もちろん、そうして生きてきたのが

悪いことではありませんし、

立派なことです。

 

なので、少し視点を変えて、

真面目に楽しむことに

力を注いでみてはどうでしょうか?

 

真面目だからこその楽しみ方、

他の人とは違うなにかが

発見出来るのではないかと思います。

 

最低限のルールさえ侵さなければ、どんな考え方でも良い

 

最低限のルールというのは、

「誰かを傷つけたりしない」とか、

「社会に反する行為はしない」といった、

本当に最低限のルールです。

 

基本的に、考え方は自由なものです。

 

他人の考え方に左右される必要も無ければ、

ルールに縛られる必要もありません。

 

なので、私がここで伝えていることも、

絶対的なものではありませんし、

違う考え方でも良いのです。

 

自分が考えて信じてきたものが正解であり、

貫くべきです。

 

ただ、そこに「楽しむ姿勢」が少しでもあると、

「楽しく生きること」が出来るのでは?

というのが、この記事の核心的な部分です。

 

もし、この記事を読んで、

「良いな」と思う部分があるのであれば、

自分の考え方に合う部分だけを取り入れて、

自分なりの考え方を構築していって下さい。

 

どんな苦境だろうと「楽しむ」ことで精神を奪われない

 

仕事や社会生活に置き換えて考えてみると、

尚更、怒りや悲しみの部分は

多いものではないでしょうか。

 

上手くいかないことも沢山あります。

 

辛いことなんて山程あります。

 

仕事で追い詰められたり、精神的に辛い時、

冷静な判断は中々できないものです。

 

そして、その先を不安視して、

我慢してしまうものです。

 

そんな中でも、本人の考え方の根底に

「楽しむ」というものがあれば、

精神を病むことも無く、

ある意味冷静な判断が出来るものです。

 

ただ、「楽しめる余力」があるならば、

まだ我慢しても良いでしょう。

 

もし、無理だと思ったら、

嫌な場所から逃げるという考え方をするよりも、

「楽しく生きるために転職や退職を考える」方が、

精神的に健康です。

 

もし、この記事を読んでいるあなたが、

辛い状況にいるのなら、

「楽しむ」という考え方を身につけることで、

今見えている景色を変えることができます。

 

全て一生に一度しかないこと

 

人生は一生に一度と言いますが、

まさにその通りであり、

だからこそ、「楽しく生きる」という考え方が

必要だと私は考えます。

 

しかし、その「楽しさ」というのも、

人によって様々な形があるので、

「絶対にこうだ!」と言い切ることはできません。

 

楽しい基準とは、自分の考え方や、

モノの見方に左右されるものです。

 

なので、自分にとって楽しいこととは何なのか?

楽しく考えるために、どういうモノの見方をするのか?

これがとても重要です。

 

そして、自分の置かれている状況をよく考え、

環境を変えることも視野に入れて、

前向きに考えましょう。

 

もちろん、そうする場合は、

自分がより楽しく生きられる方法や

居場所を探すという考えのもと、

環境を変えましょう。

 

自分の感情に向き合うこと

 

楽しむ思考を身につけることは、

簡単ではありませんが、

怒りや悲しみといった感情に向き合う時、

私は出来る限り楽しく向き合おうとします。

 

もちろん、負の感情が優位に立つこともあります。

 

「完璧」であることは困難なものです。

 

そういう自分を許し、受け入れ、

自分の凝り固まったルールを壊すことも、

「楽しく生きる思考」を身につけるには必要なことです。

 

自分に必要な答えを考え、探しながら、

自分なりの「楽しみ方」というルールを築くことが、

楽しく生きるための近道です。

 

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