平等など存在しない世の中だから、個人の生き方が問われる【生き方】

生き方

 

運営者の夢生(いぶき)です。

 

『平等』なんて言うのは、絶対に存在しない。

この世に存在する『平等』というのはマジョリティにとっての平等であり、

『普通』という言葉に対する疑問と同じレベルのものだ。

誰かを基準にした『平等』が蔓延した社会では、

必ずどこかで苦しんでいる人達がいる。

その『平等』に溶け込まなければ、生きる難易度があまりにも高い。

しかし、そんな『平等』は正しいのだろうか?

 

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平等と言う名の不平等

 

何を基準に決められているのかがわからないが、

平等というのは不平等である。

簡単に話を進めると消費税は不平等に感じるところがある。

 

一見すると、一律10%というのは平等かもしれない。

しかし、給料のことを考えた時、

東京での給与からみれば、地方は確実に少ない。

もちろん、家賃面などを考えれば東京の方が高いのかもしれない。

しかし、地方では車が必需品ということは忘れてはいけない。

維持費等を考えれば、掛かるお金は同じぐらいになる人もいるはずだ。

もともとの給料が少ない地方の人にとって、

消費税10%というのは『平等』とは言い難いものだ。

地方創生を謳ってはいたものの、これでは地方の衰退は深まる一方。

 

平等はマジョリティのための免罪符

 

人々の根底にあるものとして、

『平等』というのは、特定の条件を強いる時に誰にでも同じ条件を提示し、

『文句が出ないようにするためのもの』と考えることも出来る。

誰でも条件は同じだからと言えば済んでしまう。

 

少数派の意見を採用した場合、マジョリティは不満が募り、

大多数にとっての平等を優先しなければ、

組織や社会が機能しなくなる可能性があるため、仕方のないことなのかもしれない。

 

これらのことを考えると、『平等』というのは難しいものだろうし、

今、世の中にある『平等』は

マジョリティに対しての『平等』であるということが見えてくる。

 

『誰にでも』という言葉は本当の意味で『誰にでも』ではない

 

世の中にある平等の条件は、

ある意味誰にでも平等であることは確かなことではある。

ただ、個人個人の得意不得意などを考えた時に、

それは不平等になりかねないもの。

大多数が納得する条件というのが、ある意味『平等』の定義だと私は考える。

よって、少数派は社会的弱者になってしまう傾向がある。

『平等』というのは今の世の中で存在するのはなかなか難しいことだ。

 

『平等』が存在する意味

 

しかし、不平等である『平等』は必要な面もある。

『最低限そうしなければならない』という基準という意味で必要だ。

お金を稼がなければ生きていけない世の中なので、最低限稼ぐ必要はある。

『最低限お金が無ければ生きられない』のは平等なのかもしれない。

そして毎月、年金も納める必要がある。

人間は油断すると怠惰になってしまうので、

そういった意味ではその『お金が無ければ生きられない』という『平等』が

怠けるということに対する『抑止力』になっているのかもしれない。

 

怠けるというのとはまた違いますが、

卑怯なやり方でお金を稼ぐ人たちもいるので、

そこに対しては『法律』という『抑止力』が存在していますね。

 

必要だけども基準値が高い

 

年金や消費税などは収めなければ国が回らないことは確かかもしれない。

そのため、ある程度収める必要があるのは仕方がないことかもしれないが、

基準値は高いように思う。

個人の給料が上がりづらく、毎月しんどい人もいるはずだが、

問答無用で上がる。

消費税の増税に関しては、地方から不満の声も多かったように思うが、

地方在住の私も同じ意見だ。

地方は何かとお金はかかるものだし、給料は少ない。

 

税金だけでも毎月結構なお金が出ていく上、

給料が上がらないとなれば、節約するしかない。

となれば、自然と消費者のお金の使い方は限られてくる。

こうなれば、稼げない地方からはますます人は減るかもしれない。

 

確実に差が生じているところに、

『平等』という名の免罪符を使用した場合、

絶対に不平等だと言うことは忘れてはならない。

 

本当の意味での平等とは?

 

本当の意味での平等とは果たしてなんなのだろうか。

考えればキリのない話かもしれないが、『平等』であるためには、

個人個人が満足出来る環境が必要である。

満足して色々な成長が止まってしまっては元も子もないが、

合わない仕事、給料面、色んな面で不満や不安を抱えている人は大勢いるし、

増えてきているようにも思う。

せめて、仕事環境が満足のいくものなら、

多少安くても頑張れるかもしれないが、

それでは成り立たなくなってきている面もある。

現代では仕事環境か、給料か。

そのどちらか一つを選ぼうとしても難しいものになっている。

 

個人個人の特性を活かせる環境こそが平等

 

『マジョリティを基準にした平等』を、

『マイノリティを基準にした平等』にした場合、

絶対に不満が続出し、多数決という形でマイノリティは負ける傾向にある。

となれば、不満が続出しないよう、誰にでも平等である形を作るためには、

個人個人の特性を活かせる環境が必要だ。

もし、一個人の能力に目を向け、適正な場所で働くこと、

生きることが出来れば、

それはマジョリティだろうとマイノリティだろうと、『平等』だ。

 

もっと個人個人が、生き生きと生活するためには、

特性を生かした環境で生きることが重要になってくる。

自分に適した環境であればあるほど、能力は伸びるし、

人生の満足度も変わってくる。

 

『個人個人の能力や特性を活かす』という考え方や価値観が広がることで、

救われる人たちは沢山出てくるし、生活の満足度は上がるはずだ。

 

どんな時だって我慢したり、努力する必要はあるが、

その方法や方向が間違っていたら、無駄とは言わないが、

時間を浪費することになる。

適した環境での我慢や努力は、

適さない環境にいるよりも速いスピードで成長ができる。

 

悪しき価値観や考え方を見直す若手の人たちが、

成長していくことで、未来は少しずつ変わっていくのではないだろうか。

 

自分の軸を大切に【個人の生き方】

 

平等という不平等の中で生きる最善の方法は、

自分に適した環境を諦めないこととも言える。

生きていれば挫折したり、落ち込んだりすることはあるが、

『自分に合わなかっただけだ』と思えば、少しは楽になれる。

 

挫折やマイナスな感情に勝つ方法は、

自分を知り、自分の軸をしっかりと持つこと。

 

自分自身を肯定するためには、自分の思いに素直になる必要がある。

半ば、諦め気味で『仕事』を自分の軸にした場合、

仕事しかなくなる上に、定年を迎えた頃には自分には何も無いと知ってしまい、

『生きる目標』が無くなってしまう。

 

自分の軸は、自分の中にあるべきだし、『プライベート』の中にある、

趣味や、家族の時間、そういったものを大切にするべきだ。

 

仕事に忙殺される人たちが多い昨今、

自己肯定感が低いと言われる人が多い理由は、

こういったところにもあるように思う。

 

考え方や価値観を変えることが平等に繋がっていく

 

一人一人が、『当たり前』や『平等』、『普通』などといった、

曖昧に蔓延してきた価値観に疑問を持ち、

考えていくことが、変化に繋がっていくのではないだろうか。

 

私にはこうして発信するぐらいのことしか出来ないが、

頭の良い人から見れば、そういった盲点にビジネスチャンスが転がっているかもしれない。

 

考え方や価値観を変えるためには、一人一人の意識が大切だ。

どんなものであろうと、広く浸透するには時間がかかる上に、

大多数と違った価値観を持ったまま社会で生きるのは酷なことで、

生きるのが困難な場合もある。

常に自分の中で葛藤し、人によっては考え方を曲げてしまった人もいるかもしれない。

しかし、生きている間ならまだ遅すぎることなんてない。

『自分の信念や軸を大切にして生きること』を諦めないでほしいなと思う。

 

多くの人の考え方や価値観、意識が変わることは、

行政や法律よりも力がある。

 

そして、そこに本当の意味での平等が存在してくる。

 

最後に

 

この記事で書いた考え方や価値観は私個人の考え方であり、

正解ではないかもしれない。

社会やインターネット上には色んな考え方があるが、

それも自分自身で選ぶ権利がある。

自分にとって必要な情報を取捨選択することも、

適した環境作りの一貫です。

 

自分にとって何が良いのか、何が間違っているのか、

何を大切にしたいのかなど、自分を知り、

楽しく生きていきましょう。

 

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